明日という字は明るい日と書くんだよ〜当たり前の日常が奇跡の日々なんだ〜

45年間 好き放題生きてきた人間が長年の夢だった飲食店をオープンしたがわずか一年半で立ち退きにあったのをキッカケにいままでの人生を振り返ります

演劇と恋愛と時々仕事 その3

 

 


一回だけで終わるはずだった役者経験

1995年1月17日に起こった出来事が良くも悪くも僕の運命を変えます。

 


そう、阪神淡路大震災

 


5時47分  『ドーーーン』という激しい地響きと共に激しい揺れ

 


でも、僕はこの時、会社の昼休みの時に話すネタが出来たくらいにしか思ってなかった。

 


いっこうに収まらない揺れにさすがにやばいと感じ外に出たら瞬間、自分の目を疑った

 


まっぷたに折れた電柱

ちぎれた電線

あちこちであがってる黒煙

 


僕はチャリンコで近くの姉の家に向かう。

高速道路はへし曲がっていて、あちこちで家はぺしゃんこ

 


奇跡的に家族は無事やったけど早めに避難した方が良いという事で近くの学校に避難した

 


この時、姉は子供が生まれたばかりで生後三ヶ月。色々と周りの方の手助けもあり救援物資に困る事はなかった。

 


約二週間の避難生活で色々考えることがあった。

何千人という命が一瞬にして奪われ、家や仕事もなくなった人がたくさん

 


大変な暮らしやったけど人の優しさに気づけたのも事実。

 


そんななか、一度しかない人生、自分の命をどう輝かせるかについて初めて考えたのもこの時だったかも

 


続く